仰向けになる。
横に転がる。
そのままうつ伏せになる。
いずれの行動も、伸ばした両手には漫画本を持ったまま。
かけた眼鏡のレンズごしに注いだ視線も、けっして外すことはなく。
他人様のベッドの上、ごろしゃろごろしゃろ。
ああ……至福の時間だ……。
前から気にはなっていた、けれどまあ、買うほどではないかなー? 的な作品をたまたま持っていた友人の家に押しかけ、手にとり、読んで、もうとまらなくなって、あれ? なんか気がついたら他人様のベッドの上に制服姿のまま寝そべって、ごろごろごろごろ、まるで自分の家のごとく振る舞っていたことに気づいたわたしの現在の心境を100文字以内に述べよ(制限時間5分)。
なんか漫画、一巻から始めてもう十巻まで読み終えちゃってるし。
窓の外は暗くなって、部屋の照明は煌々と輝いてるし。
え?
いつのまに?
ムチャクチャ夢中じゃん。
わたし、五時に夢中じゃん!
違うわ!
五時じゃないわ、漫画だわ!
高校生にもなって!
漫画に! 夢中! だわ!
いやー、入りこんじゃうとコレだからなー、困ったもんだなー、我ながらなー。
というか、まだ自分の家ならいいよ?
ここ、他人の家だからね?
なんか……もう……うん……うん……。
他人様の家ですっかり我を忘れて漫画に没頭してしまっていたという事実に、ふつふつふつふつ、こみあげてくるものがあった。
は、は、恥ずかしいぃー!
恥ずかしくってたまらねえぇー!
そんな恥ずかしさを誤魔化すため、いまさらながらではあったが、つぶやいてみた。
「……放課後、異性の家、ふたりきり……なにも起こらないわけがなく……」
「どうした急に」
自分とおなじく、漫画に夢中になっていたのであろう部屋の主が、漫画本から視線を上げ、的確なツッコミを入れてくれた。
本来ならば、彼もいまのわたしとおなじように、ベッドの上、ごろしゃろごろしゃろとしながら漫画を読みふけっていたのかもしれない。
しかしいま、ベッドは突然の来訪者であるわたしに、占領されていた。
いや、違うんだよ?
最初から占領したかったわけじゃなくて、なんか気がついたら、無意識のうちに、ごろしゃろごろしゃろと……ともあれ、彼はいま、座椅子に深くもたれかかっていた。わたしが十巻も読み終えるあいだ、彼も同等の数を読み終えていたらしく、彼の前に置かれた小さなテーブルの上には、何冊もの漫画本が積み重なっている。
っていうか、なんだコイツ?
いくらわたしとはいえ、異性が自分のベッドの上、ごろごろごろごろ、あられもなく無防備な姿を見せつけていたんだぞ?
しかも学校の制服ボーナス付きで。
気にはならなかったのか?
脚とか。
太ももとか。
その中身とか。
いくらわたしとはいえ!
ふざけんな!
ぐっ……!
女子高生よりも漫画かよ……!
三次元よりも二次元かよ……!
「おのれキサマ、あっぱれな陰キャぶりだな……!」
「いきなりなんか失礼だなオマエ」
だって!
わたしはベッドの上、身体を起こした。
スプリングをぎしっ、と鳴らしながら脚を折り曲げ、置いてあった枕を抱きかかえながら、座る。
「目の前で! 女子高生が寝そべってたら! 年ごろの男だったら、なんかこう、ヘンな気持ちになってしかるべきじゃないのか? なんで平気な顔して漫画なんて読めるんだよ! 女子高生より漫画か! 肉体より紙か! 紙きれか! いまじゃケツを拭く紙にもなりゃしねえってのによぉ~!」
しかもすでになんども読んだことある漫画だろ、それ。
自分の部屋にある漫画なんだから。
よく夢中になれるな。好きか、大好きか! 漫画の大ファンか!
しかし、彼は首を傾げる。
「ん? なに? どういうこと? なにがいいたい?」
「だーかーらー」
「あー……なんでアタシで欲情しないのとか、そういう感じ?」
へ。
「いや……そういわれると……なんか……」
なんだかよくわからない感情に襲われて、抱きかかえていた枕を、ぎゅっ。
さらに深く抱きしめる。
「オイ。やめろ。ヘンなリアクションするな。なんの罠だよコレは。オレはオマエのよくわかんない言葉を頑張って解釈してみせただけだろ。なんでオレがセクハラしかけたみたいなことになってるんだ」
そういえば、さっき、コイツの部屋ですっかり漫画に夢中になっちゃったことを誤魔化すためにつぶやいたセリフも、「放課後、異性の家、ふたりきり……なにも起こらないわけがなく……」とか、なんか誘っているかのような。
そ、そうなのか?
わたし、そうだったのか?
ぎゅぎゅ、ぎゅー。
「オマエ……なんか顔、赤くないか? 熱でもあるんじゃ」
「赤くない! 熱もない! なに基礎体温知りたがってるんだ、このセクハラ小僧!」
「ちょっと傍若無人すぎると思うんだけど」
ふー、ふー、ふー。
なぜか荒くなってしまった呼吸をどうにか整え、こほん。
ひとつ咳払いして、わたしは切りだす。
「よし。告白しよう」
「は?」
「違う! ほら、アタシたちって、ふたりとも陰キャだろ? 青春的なイベントとか、起こらないだろ? それってさびしすぎるだろ? だから、嘘でもいいから告白して、振ってくれれば、とりあえず「わたし、昔いちどだけですけど告白したことあるんです。振られちゃいましたけど」って歴史が捏造できるじゃないか。それを頼りに生きてゆくことができるじゃないか。アタシにだって青春はあったんだって。たとえさびしい陰キャジジイとババアになるとしても」
なんて、まくしてた。
うん。
我ながら、意味がわからない。
なにがしたいんだ?
いったい、なにがしたいんだ、わたしは?
告白して、振られて、それで?
どっくんどっくんどっくんどっくん。
なぜか高まりゆく鼓動のなか、彼の「うーん」といううなり声が届く。
ううううーん。むむむむーん。
「……まあ、いわんとすることはわかるような気がしないでもないような……しかし、嘘の告白とか、捏造とか、だいぶなんていうか、哀しみが漂うというか」
「いいだろ! 哀しいんだから! アタシたちは哀しみの子! わがままいうな!」
「で? オマエがするの? 嘘の告白」
「え? あ、うん」
「で、振るの? オレが」
「まあ……」
うーん。
なにか納得のいかない様子で、彼は首をひねり続ける。
「まあいいや。じゃ、どうぞ」
と、うながしてきた。
いや。
どうぞといわれても。
あらためていわれると、なんか、困る。
困る、が、しかし、なんせ自分からいいだしてしまったことなので、断るわけにもいかない。
あ。う。
と、口ごもりながらも、おのれの顔面が灼熱化するのを感じながらも、じっ、と彼を見つめて、抱きかかえていた枕を、もう抱きしめ潰さんばかりに圧縮して、どうにか口を開いた。
「す……好きでした。前から。ちゅ、ちゅきあってくだちゃい……」
なぜ、赤ちゃん言葉になったのだ。
なんてセルフツッコミする間もなく、彼は答えた。
「オレもだ。オレも、前からオマエのことが好きだった。つきあってくれ」
は。
あんぐりと開いたまま、固まるわたしの口。
窓の外からは、遠く、車の排気音が聞こえる。
すでに日は沈んでいた。
時は凍りついて、ほぐれて溶けて、ゆるやかに流れ、そして。
- 2022/02/24(木) 08:57:53|
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近ごろ、ちまたでは妹萌えノベルが静かなブームらしいね!
柳の下にあと何匹どじょうがいるのかはわからないけど、西野センセイも流行りに乗ってみようと思って、一発、書いてみたよ!
喜んでもらえたら幸せだな!
(下の続きを読むをクリックしてね!)
(ちなみに微グロ注意だよ!)
[しすたー]の続きを読む
- 2011/05/22(日) 23:55:14|
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